ニッポンの強みを/コンテンツ

日本には資源がない…。20世紀にはそう言いながら肩を落としていましたが、ここ数年、様子が変わってきました。いやいや世界有数の資源保有国だぞ!?埋蔵量もハンパじゃないぞ!!と荒い鼻息も聞こえています。

 

メタンハイドレートや都市鉱山の話じゃありません。

 

日本は、世界に冠たるコンテンツ資源保有国である。

 

アメリカで、フランスをはじめとするヨーロッパで、南米で、アジアで、アフリカで…世界中で日本のマンガやアニメが大人気。ハリウッドは映画化権を買い漁っている。ときどきどこかで見たことあるようなパチもんに眼を疑うこともあるけれど、それは有名税でもある。人気があるから海賊版も出回る。

 

しかも、その地層の深さと広さは疑いなく世界トップクラス。すでに世界の注目を浴びている作品以外にも、埋もれた佳作がゴロゴロあります。トキワ荘の伝説をはじめ歴史的な名作も豊富。新しい作家も育っています。土壌もあります。たとえば、日本の小学生女子のアニメ画スキルの高さと言ったら、これはほんと、どえらいものです。フランスで言えばロートレックばりの絵を小学生女子の誰もがノートの端に描いているようなものです(違うかな?)。

 

けれど…です。その資源開発や運用がうまくいっているのか?と問われれば、どうだろう。政府も遅ればせながら「クールジャパン室」なんてつくったけれど、開発保護育成などにかける予算が韓国の約7分の1というのをテレビで紹介してました。もちろん国に頼ればいいという話じゃありません。ただ、これまで各出版社などが個別の努力でやってきてここまできたものを、国がちゃんとバックアップすれば、もっと効率的に大きく動かせるのになぁ!と。

 

「文化は人間の行動を規定するため、特定の文化が支配的になると、衣食住にかかわるものすべてが、その文化が生みだしたものによって支配される。そのために文化をまず輸出して、続いて企業が商品を輸出する方法をとる。国家のブランディングのために文化を使うモデルを作ったのが、アメリカ映画の文化侵略を批判し続けているフランスである」(表現のビジネス –コンテント制作論- 浜野保樹/東京大学出版会)

 

そうなんです。フランスは、ルイ14世の時代に文化の産業化を押し進め、フランス革命によって一時解体されたものの、その意義をナポレオンに認められて再興し、今に至っている。芸術は公共財として手厚く保護されている。だからファッションも料理も言語も「フランスもの」は一目も二目も置かれているわけです。アメリカの場合も、1920年代、連邦政府は映画をアメリカ製品全体のイメージ広告の媒体と見なし、映画輸出のスポンサーになったと言われています。

 

と考えると、ブルガリアの女子大学生が「マンガを原語で読みたいから日本語を勉強してます」と笑顔で語るのは、いろいろな示唆に富んでいます。

 

まずはフランスやアメリカ(ついでに最近の韓国)の例からも見て取れるように、産業の牽引役としての役割ですね。単純に作品まわりでも、世界マーケットでの印税収入、映像化・ゲーム化権から、Tシャツや文房具にキャラをプリントしたりのグッズ収入が計り知れない。その周辺で働いている人々が潤う(とくにアニメーターとかがちゃんと誇りを持って喰っていけるようにしないとね)。

 

さらに、マンガやアニメの舞台へ旅行に行きたくもなるし、すごいロボが登場すれば日本の科学技術ってすごそう!ってイメージも育つ。自動車とかカメラとかの性能もよさそうに見えてくる。日本のギャルたちの「カワイイ!」が世界中「KAWAII!」で通じるようになっていると言うし、それは「わびさび」につぐ日本人ならではの価値観だという人もいます。ギャルファッションとボンサイが同時並行して魅力的に見えている。この傾向がどうなっていくのか勝手にイメージすれば、これまで言語マイノリティだった日本語が、もしかしたらマジョリティの仲間入りをするかもしれないんです。そうとうな夢想ですが、絶対ないとは言いきれない。先方が勝手に日本語使ってくれたら、こんなラクなことはないですね。

 

そして…コンテンツによる日本文化の伝播は、もしかすると世界平和に役立つのか?と暴想したりもします。日本はいわゆる先進国の中では類を見ない「無宗教国家」。けれど国民は非常に高い精神性を持っている。そのことは東日本大震災のとき世界中で報道され感嘆の声があがったみたいですね。

 

「1人の著者が描いたコミック出版作品数の世界最多記録」としてギネス記録を持つ故 石ノ森章太郎先生はこんなことを言っています。

 

「たしかに唯一絶対の神様は戴いていないけれど、逆にもっとしなやかな感性で神というか自然とつながってきたんじゃないだろうか。日本人独特の感性の底流には、自然の中に八百万の神を見ていたアニミズムの文化があると思う」。

 

アニミズムを原始宗教と位置づけるなら別の言い方が必要という向きもありますが、そんなヘリクツは置いておいて、7歳とか8歳になると武器を持つことが普通な国の子供たちにマンガを見せてあげたいなぁ…と。そーゆーことで、何かが変わる気もします。

 

ご近所の賑わいから世界平和へ。アホか?と思われるかもしれませんが、そんなポテンシャルを持っていると思います。ハイ。

 

キャラクターのPOPを刷る地元の印刷所。とりあえずお土産用にキャラまんじゅうをつくる地元の製菓会社。キャラのぬいぐるみが売れているから発注が増えていることを知らない生地会社のベテラン工場長さん。キャラクターが導く地元マップに紹介されたら少しお客が増えた?というおそばやさん。主人公が好きなラーメンとやらを一度食べてみたいと思うアラブの男性。タタミってナチュラルでいいわよ!とお気に入りのスペイン人女性。J-POP好きのアイスランドのティーンエイジャー。いつか大好きな漫画を生んだ国に行きたいと思いを馳せるアゼルバイジャンの小さな女の子。池波正太郎にハマるメキシコ人ビジネスマン。言葉は全然わからないけれど銃を持つよりアニメの続きが見たいな…と思うソマリアの男の子…。みんなのために、日本のコンテンツはあります。

 

妄想の中の素晴らしい未来予想図の中で、さて、どんな関わりかたができるのか。プロモーションの企画制作はもちろんですが、広告屋ならではの応用力で、いろいろと関わらせていただいています。原作のアイディア出しもあり。世界でオンリーワンの資産を活かすための各種施策の企画やら、関係各方面のネットワークづくりやら、ありとあらゆることに首を突っ込ませてもらっています。民だけでなく行政を動かせないか。大きなうねりにするにはどうしたらいいのか。簡単にはいきませんが、感じでしまったジャパニーズ・コンテンツの可能性を、自分の前でフタするわけにいかない。そんな思いで右往左往しています。